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六軒島の由来

六軒島の由来について、この地に古くからお住まいの杉本様より興味深いお話を伺いましたので、歴史を風化させない意味からも当時の時代背景を交えながら一つの話題として紹介させていただきます。

明治中頃、1889年(明治22年)に周辺地域5村(下小岩、中小岩、上小岩、小岩田村、伊与田村)が合併し、東京府南葛飾郡小岩村となりました。その後、日清戦争が勃発した1894年(明治27年)に本所駅(今の錦糸町駅)から市川駅までの間に総武本線が開通し、1899年に小岩駅が開業しました。

小岩駅が開業する前年の1898年(明治31年)9月、台風の影響により利根川をはじめ幾つかの河川が増水・氾濫し、この小岩村辺り一面は水の海となりました。この水害の模様を総武本線の車窓から見ると、6軒の家々が浮かぶ島のように見えた事から、この地域に「六軒の島」・「六軒島」と言う俗称が生まれるようになったそうです。

元々この地域は地盤が低い場所でしたので、島のように見えた家々は水害を避けるために1メートル以上の土もりを施した土地に家を建てていたそうであり、このことが災害から我が家を守ったようであります。

この六軒の家は、①浅見次郎兵衛宅、②石井元吉宅、③清水銀蔵宅、④杉本六三郎宅、⑤杉本八百蔵宅、⑥村越佐太郎宅の家々であり、浅見宅を除いては、今もこの地域に継承されています。

六軒島と俗称されてよりしばらくの時が過ぎ、「六軒島町会」が正式名称となりました。六軒島町会の創立についてははっきりした記述は見当たりませんが、江戸川史第2巻に「昭和8年6月:六軒島町会会員数200名」と掲載されているところより、六軒島町会の創設を昭和8年と制定しました。

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以来70年、今では約1,500世帯の方々と共に「安全と安心の地域」を目指し、仲の良いコミュニティー作りに取り組んでいます。

(平成15年10月 創立70周年記念式典資料より)

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