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上小松会館について

戦後、旧体制の町会はGHQの命令により解体され、やがて再び自前の町会を創ろうという気運が高まり、戦前戦後を通して住民の面倒を見てくださった三田甚一氏(三田尚弘氏の尊父)を中心として昭和32年12月に新生の町会が発足しました。

それより前、食料事情がよくなかった頃に三田三吉氏(三田益男氏の尊父)達有志が消費組合を作り、鮮魚等を現在の会館の場所で販売していました。 当時の建物は上小松に在った「株式会社太田鉄工所」(後の日本油機株式会社)の不用になった建物で間口2間、奥行1間の小さいものでした。更に隣りに2問・3間の建物を持ってきました。これが青年会の詰所や町会の事務所となり、「新生町会」の誕生を加速したものと思われます。

現在の上小松会館の建設計画は昭和32年の町会創立と共に始まり、委員会が設立されて土地、建物の所有権や資金調達、請負業者等が慎重に検討されました。 それまでの土地は正福寺(約20坪)と鈴木八左衛門氏(約40坪)の所有地でありましたが、鈴木氏の土地の半分は町会に寄附され、残り半分は売買の形となり合計約60坪が会館の用地に供されました。

 現在まで40坪の土地は三田甚一氏を代表者とし、長谷川吉永氏と佐久間太助氏の三人の名義に、会館は三田甚一氏の名義になっていましたが、故三人の名義のままでは将来さらに、名義変更や相続などの問題が生じる可能`性がある為に平成17年6月に「上小松会館土地保存委員会」を作り、同年11月に新たな代表三人の名義にしました。これは将来、町会が区の指導のもと、法人格を取得した際、困難なく町会名義で登記出来るように考慮したものです。

資金調達については出資金の公募と借入金で賄い、その償還や返済は会館の使用料や貸店舗の家賃で完済されました。請負業者については地元の業者や職方を集めて作った「上小松睦会」が会館建築の一切を請負いました。建築費は「上小松睦会」の努力で当初の予算より案外安く上がり睦会はその余剰金で上小松天祖神社に現在ある神輿を寄附し、昭和34年に会館の落成式を迎えました。

 このように私達は他に類を見ない立派な会館と町会設立の理念を大切に後世に伝えて参りたいと思います。

 平成18年7月
上 小 松 町 会
会長 奈良木 亨丞 記

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