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駒込土物店

 神田および千住の青物市場とともに、江戸三大市場のひとつ、駒込土物店。土物とは大根やニンジン、ごぼうなど土のついた野菜を指します。浅嘉町・高林寺門前・天栄寺前の街道ぞい(現在の本駒込1丁目の歩道橋あたり)にできた青物市で、起源は元和年間(1615〜1624)だそうです。

そもそもの始まりは、近郊の農民が野菜を江戸に運ぶ途中、道端(現在の天栄寺近辺)に植わっていた「さいかちの大木」の下で休憩するのが日常となり、近隣の住民が彼らの野菜を買い求めたのがきっかけなのだとか。さいかちの大木は両腕を広げて五抱えもあったとされ、この周辺は俗に「壱本さいかちの辻」と呼ばれていたといいます。残念ながら、さいかちの木は本妙寺(本郷5-18現会計士会館)から出火し、江戸城本丸を含む江戸市中の6割に被害が及んだ明暦の大火(1657)で焼失。また、元和3(1617)年に本郷丸山に開かれた天栄寺は、同じく明暦の大火が原因となり、万治3(1660)年に現在の地に移されそうです。

岩槻街道に面し、さらに中山道とも通じる要衝に立地した、この市場。交通の便もよく往来は賑やかで、その結果、青物問屋が軒を連ねる繁栄ぶり。「駒込辻のやっちゃば」と親しまれ、幕府の御用市場としても発展しました。ちなみに「やっちゃば」とは、「ヤッチャ、ヤッチャ」と張り上げた野菜の売り声、セリの声、また品物を数える際の合言葉の調子、野菜を運ぶときのかけ声「やっさ、もっさ」からなどと諸説あるようです。

昭和12年、道路の拡幅等により巣鴨に移転、白山通りにある現在の東京都中央卸売市場豊島市場となりました
なお、天栄寺境内には駒込土物店縁起碑があり、詳しい説明がなされている。さらに、文京ふるさと歴史館(本郷4-9-29)には、「駒込のやっちゃば」としてその模型が展示されています

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